東京日本橋にはさまざまな近代建築が残されています。

 

中でもその堂々たる威厳に満ちた外観で、国の重要文化財にも指定されている三井本館の素晴らしさは格別です。

 

三井本館といえば、その名前からもわかるように、かつては三井財閥の本拠地でした。

その後GHQに接収されることもありましたが、今ではあの人気ドラマの舞台ともなった場所でもあります。

 

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重要文化財「三井本館」は三井財閥のシンボル

 

三井本館はかつては、三井財閥の本拠地として、そのシンボル的な存在でした。

 

三井財閥の御三家といわれた、「三井銀行(現三井住友銀行)本店」、「三井物産本社」、「三井鉱山本店」が揃って入居していました。

 

ちなみに現在は三井住友信託銀行の店舗として、現役で営業をしており、週末ではなく平日の営業時間に訪れれば、外観だけでなく内部の素晴らしい様子も見ることができます。

 

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実際にこの目で見ると納得する素晴らしさ

 

日本橋に行って、三井本館を見てきました。訪れた時が日曜日だったので、残念ながら内部は見れませんでしたが。

 

 

本館は英語では「main building」。とても立派です。

 

三井本館の隣は日本銀行本店があります。

 

裏側から撮影。三井本館後方の途切れた超高層ビルは「三井タワー」です。

 

 

もしかして大地震で最も安全な場所かも

 

三井本館は、重要文化財にも指定される貴重な建物ですが、現在の建物は2代目になります。

 

初代の三井本館は1902年(明治35年)に竣工をしたのですが、1923年の関東大震災で被災してしまいました。

 

関東・伊豆 過去の大地震を整理 危険性が指摘され続ける直下型地震

 

関東大震災から復興し、現在の2代目の三井本館が竣工したのは、1929年(昭和4年)。二代目は初代が大地震で被災をした経験を生かして、その耐震強度をアップ。

 

なんと関東大震災の2倍の強度の地震があっても、耐えられるほどの耐震強度を持っています。

この強度は、現在の耐震基準のおよそ2倍にあたり、もし相模トラフ大地震がやってきても、最も安全な場所のひとつではないかと思われます。

 

戦後の苦い経験

 

三井財閥の本拠地として、輝かしい歴史がこの建物にはありますが。

しかし、その後の歴史は順風満帆というわけにもいかず、戦後は短い間ですが苦い経験も味わっています。

 

第二次世界大戦で敗れた日本は、米国などの連合国の管理下に置かれることになります。

 

そして、三井本館も1945年(昭和20年)から1947年(昭和22年)までに至って、連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) に4・5階の一部を接収されることになります。

 

一部とはいえGHQが入居したことは、この建物にとっては、苦い経験だったでしょう、

また、二度とあのような悲惨な戦争が起こしたくないという決意みたいなものを、三井本館を見ると感じます。

 

そんな苦い経験からかなりの時が経ち、1998年(平成10年)には国の重要文化財に指定されることになります。

 

人気ドラマ半沢直樹の舞台に

 

国の重要文化財に指定され、その貴重な近代建築として認められた三井本館ですが、有名な商業施設ではないため、このビルを目指してたくさんの人が殺到するということはありません。

 

しかし、あの人気ドラマの舞台となり、ドラマの人気に合わせて三井本館も一部で脚光を浴びることになります。

 

驚異的な視聴率を叩き出したドラマ「半沢直樹」の、東京中央銀行本店のモデルとして利用されました。

 

ただ、ドラマでは三井本館そのままではなく、近代建築を残しつつ高層ビルに建替えを行った丸の内や日本橋によくあるようなものになっています。

三井本館は「三井住友信託銀行」という表示がビルの側面にありますが、「東京中央銀行」の表示は正面にあります。

 

ちなみに東京中央銀行大阪西支店はこちらのビルでした。

 

阪急百貨店梅田本店、阪急うめだビルです。現在その対面の阪神百貨店が再開発でリニューアルしようとしています。

「梅田1丁目1番地計画」の建設状況 2つのビルの再開発を一体的に整備した空間

 

三井本館は耐震性の心配がないので、このまま時を重ねて、さらに将来はもっと貴重な建築物となっていることでしょう。